。カフネ――食べることは、生きること。そっと寄り添う再生の物語
序章:“食べることは生きること”そっと心に寄り添う物語
本屋大賞2025を受賞した『カフネ』は、家事代行サービス「カフネ」が舞台。弟を亡くした姉・薫子が元恋人と再会しながら生き方を見つめ直していく物語です。忙しさの中で見落としがちな「食べることは生きること」という大切なテーマを丁寧に描いています。自分を大切にできていないと感じたときに寄り添ってくれる一冊です。
第1章:弟が残した謎の遺言と、薫子の再生の始まり
弟の遺言がもたらした揺らぎ
野宮薫子(41歳)は法務局で働く堅実な女性だった。ある日、夫からの突然の離婚告知と最愛の弟・春彦の死を同時期に受け、自分を持て余すような日々を過ごしていた。そんな折、春彦が若くして遺言書を残していたことを知る。そこには約三千万円を両親、姉である薫子、さらに元恋人・小野寺せつな、人道支援医療団体へ遺すという予想外の内容が記されていた。なぜ若い弟が遺言を残したのか、なぜ元恋人の名前が入っているのか──答えの見えない疑問を抱えながらも、薫子は弟の意思を尊重するため、せつなに相続の話を持ちかける決意をする。
せつなとの出会いがもたらす変化
しかし、待ち合わせ場所に現れたせつなは初対面にもかかわらず遅刻し、愛想もなく相続の受け取りをきっぱり拒否する。薫子は思わず怒りを露わにするが、その直後に体調を崩し倒れてしまう。せつなは無言で薫子を自宅まで送り届けるが、そこは落ち込みが続いた影響で荒れてしまった部屋だった。せつなは黙々と素麺を作り、その静かな気遣いと温かい味に薫子は強い衝撃を受ける。堅実なはずの自分が崩れていたことを痛感しつつ、彼女はせつなの不器用ながらも真っ直ぐな人柄に心を動かされ、止まっていた時間がわずかに動き出すのを感じる。
遺品の贈り物とカフネへの誘い
数日後、薫子のもとに春彦が生前に手配していた荷物が届く。薫子には「エメラルドのピアス」、せつなには「アガベ・ベネズエラ」という植物が贈られていた。弟の真意がさらに掴めなくなる中、薫子は再びせつなに連絡を取り、訪れた彼女から今度は手際よくパフェを振る舞われる。薫子は弟からの贈り物を渡そうとするが、せつなは迷いなく辞退。その会話の中で、以前は荒れていた部屋がきちんと整えられていることに気づいたせつなは、家事代行サービス「カフネ」で働くことを薫子に提案する。不器用で愛想のない彼女の誘いは、春彦の遺した謎へと繋がる新たな一歩となる。
第1章を読んで感じたこと

弟が若くして遺言書を残した理由、やっぱり気になるよね。元恋人のせつなの名前まで入れているのは相当な意志を感じた。

薫子も必死で弟の意思を守ろうとしているんだよね。彼女のまじめさが伝わる。

せつなは無愛想だけど行動が誠実で、そのギャップが魅力的だった。

カフネで働くことで、この遺言の謎がどう繋がっていくのか楽しみになったね。
第2章:カフネ誕生の物語と薫子の新たな一歩
カフネの誕生と薫子の参加
カフネはポルトガル語で「愛する人の髪にそっと指を通す仕草」を意味し、常盤斗季子(43歳)が立ち上げた家事代行サービスである。掃除担当と料理担当の2人組で利用者宅を訪問する仕組みで、薫子は土曜日の2時間だけボランティアとして掃除を担当することになった。創業者の常盤さんには壮絶な過去がある。21年前、恋人と駆け落ちして双子を出産した直後、恋人は「やっぱ無理」と置き手紙を残して失踪。
絶望から生まれた家事の力
育児と疲労で家は荒れ、食事もできず、泣き続ける子どもを前に「もう死ぬしかない」と思い詰めていた常盤さん。その状況を見た大家さんが家に入り、軽く片付けた後、親子丼を作ってくれた。その親子丼は感激するほど美味しく、少し眠った後に役所へ相談し、子どもを一時的に施設に預けることで人生をやり直すことができた。この経験が、家事に困っている人々に寄り添うサービスを作ろうというカフネ設立の原点となった。薫子は、弟・春彦が働いていたこの活動に感銘を受け、手伝うことを決めた。
第2章を読んで感じたこと

春彦もカフネでせつなと一緒に働いていたんだね。二人の関係が少し見えてくる感じ。

うん。それより常盤さんの話がすごく印象的だった。双子を一人で育てるのは想像以上に大変だよね。

駆け落ちで恋人にも頼れず、親も近くにいない。精神的に追い詰められていたのがよくわかる。

だからこそ、大家さんの親子丼や少しの片付けが、常盤さんにとって人生を救うほど価値があったんだね。
第3章:せつなとの絆と薫子の想い
カフネでの出会いとせつなの個性
カフネの職員としてペアを組んだ薫子とせつなは、双子のシングルマザーや介護に疲れた女性など、さまざまな家庭で家事代行を請け負うことになる。薫子は仕事を通じて、せつなが状況に応じて料理を工夫し、繊細な配慮を見せることに驚く。一方で、ネグレクトを受けている子供たちに出会った際には、薫子の忠告を無視して親のいないキッチンで料理を始めるなど、熱心で行動力のある一面もあった。
せつなの過去と常盤さんとの絆
せつなは離婚した父子家庭で育ち、家事や仕事に追われる父を助けるために幼少期から家事に励んでいた。父がカフネを利用したことが、せつなと常盤斗季子の初めての出会いとなる。以降、二人は互いに「トキさん」「せっちゃん」と呼び合い、合鍵を持つほどの信頼関係を築き、常盤さんは母の不在だったせつなの母代わりとなった。せつなに料理を教えたのも常盤さんであり、父を支えるためにせつなは一生懸命家事をこなしていた。
父の死と薫子の秘めた想い
ある日、せつなの運動会で父親が休みを取り、お弁当を作ることになる。その弁当を食べたせつなを見て、常盤さんは「世界で一番幸せな少女のようだ」と表現した。しかし、せつなが学校の移動教室で留守の間に父親は自ら命を絶っていた。常盤さんが迎えに行けたのは3時間後、せつなは不思議がっていた。この経験でせつなは待ち合わせに不安を抱えるようになったという。薫子はせつなの過去と痛みを思い、自分が授かれなかった子供への思いと重ね、彼女に注ぐ愛情を密かに胸に抱くのだった。
第3章を読んで感じたこと

せつなと常盤さんにそんな過去があったなんて、本当に胸が痛くなった。

常盤さんが母親代わりになって支えていたのも、すごく温かいなと思った。

せつなの不器用さも、過去を知るとすごく理解できる。

遅刻の理由まで背景があると知って、印象が全然変わったよ。
第4章:春彦の選択と自分らしい生き方
春彦と航一、揺れる関係
野宮春彦は誰にでも笑顔を向ける好青年で、両親から深く愛され、大学も家から通える範囲に進学した。社会人になると、同僚の港航一と自然に恋愛関係へと発展する。しかし航一は親の圧力に逆らえず、女性との結婚を選ぶ。それでも本当に想っているのは春彦だと告げ、そばにいてほしいと求め続けた。春彦はその想いに揺れつつ、親から持ちかけられる結婚話を断るため、せつなに恋人のふりを頼むことになる。
せつなの料理と春彦の変化
一人暮らしを始めた春彦は、食への関心を失い急激に痩せていく。そんな春彦を心配した航一が家事代行サービスを依頼し、やって来たのがせつなだった。彼女は春彦の味覚障害に気づき、見た目の鮮やかさや香り、味の輪郭を丁寧に工夫した料理を作り続ける。その食事に救われるように春彦の生活は少しずつ整い、やがてその影響を受けて、彼も家事代行サービス「カフネ」で働く道を選ぶことになる。
夫人との出会いと、自分への問い
やがて春彦は、人道支援医療団体で活動してきた夫婦の家に派遣される。夫婦は世界の貧しい地域で医療を届けてきたが、仲間をテロで亡くすなど常に危険と隣り合わせの生活だった。今は夫が介護を必要としており、春彦が家事を担うことになる。そこで夫人は春彦に問いかけた。「あなたは自分に正直に生きている?欲しいものを自分で選ばないとダメよ」。春彦は「自分が何を欲しているのか分からない。いつも誰かの望みに合わせて生きてきたから」と静かに打ち明けるのだった。
自分の心を選ぶという決意
夫人は「欲しいものが分からないなら、まず好きなことを考えてみて」「人生も命も、あなた自身だけのもの。迷ったときは自分の心を選びなさい」と優しく背中を押す。その言葉は春彦の胸に深く染み込み、彼の表情は少しずつ晴れていく。数日後、春彦が人道支援医療団体への参加を申し込んでいたことを薫子は知る。そこで彼女は、春彦が遺言書を書き、誕生日プレゼントを郵送にした理由を悟る。春彦はようやく、自分の人生を自分の意志で選ぼうとしていたのだ──その決意と優しさを、薫子は静かに受け止めるのだった。
第4章を読んで感じたこと

薫子から見た春彦は完璧に見えたけど、せつなや航一からは違う一面が分かったね。

うん。人の期待に応えすぎて、自分の気持ちが見えなくなっていたなんて意外だったわ。

だからこそ、夫人とのやり取りが響いたんだろうね。自分の心を選びなさいって言葉。

春彦がようやく“自分の人生”を見つけかけていたのに、行く前に亡くなったのは本当に切ない。

危険な地に行くと決めた時、プレゼントや遺言書のことを考えたのも春彦らしいね。

これからは、せつなと薫子が春彦の分まで一緒に歩んでいく姿を見守りたくなるわ。
学びと成長
人は誰かに救われ、誰かを救う
『カフネ』を通して感じたのは、人は誰かの手によって救われ、また誰かを救いながら生きているということだ。薫子・せつな・春彦、それぞれが痛みや喪失を抱えているが、誰かのさりげない行動や言葉によって少しずつ再生していく。その過程は劇的ではないのに、不思議と胸を温める力がある。特に家事や料理という生活の基盤が心を立て直す力になる描写は印象的で、日常に潜む小さな救いの存在を改めて意識させられた。
日常の行為が生む、静かな奇跡
せつなが作った素麺が薫子を救い、大家さんの親子丼が常盤さんの人生を変えたように、「食べることは生きること」というテーマは作品全体に通底している。日常の些細な行為が、人を絶望から引き戻すほどの力を持つという事実は、読み手にも深く響く。また、春彦が夫人から受け取った「自分の心を選びなさい」という言葉は、本作の核心にあるメッセージだ。期待に応え続けて自分を見失った彼が、自分の人生を選ぼうとする姿は胸を打つ。
選択の連鎖が残したもの
春彦が未来へ踏み出す前に亡くなってしまう展開は痛ましい。しかし、その決意と優しさは薫子とせつなの中に確かに受け継がれていく。誰かを思いやる行動は、一度断ち切られても別の誰かが引き継ぐという希望の連鎖を示しているようだった。『カフネ』は、人とのつながりが生む“静かな奇跡”を綴る物語であり、読後、自分自身の生活や人との関わり方を見つめ直したくなる。小さな行為が誰かの人生を変えることがあるという学びを強く残してくれる一冊だ。
最後に
『カフネ』は、家事や食事といった平凡な営みが、人の心をそっと支え直す力を持つことを教えてくれる物語だ。しんどい時は一人で抱え込まず、誰かの手を借りてもいい。整えられた部屋で温かい食事をとるだけで、人生は静かに立て直せる。薫子やせつな、春彦の姿を追いながら、私たち自身も「自分の心を選ぶ」勇気を思い出させてくれる。
心が疲れたとき、この物語の温度をそっと思い出せたなら、それだけで少し前を向ける気がする。


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